需要のすべてが、「有効」とはかぎらないからです。例えば、「君イ、このベンツ欲しい?」とたずねられたら、私など「欲しい、欲しい」と絶叫します。「で、払える?」、「ノー」で、はかなくチョン。ベンツ欲しいという私の需要は売手にとっては、有効ではないのです。彼の求めるおカネを払えないのだから。そこで、有効需要とは「払えるおカネという裏づけのある需要」と定義されるのがふつうです。私はこの定義に不満、もっとピッタリさせたい。「買手が使えるおカネ」というのが、ドンピシャリの定義だと私は思います。買手が使えるおカネは、通常は月々の所得が、その限度と言えます。もちろんカードやローンを使う、預貯金を下ろす、など、その制約を越える手立てはある。だから、買手が使えるおカネ=有効需要には、所得よりも幅があるとも言えます。
日本の貿易収支が黒字基調になったのは1960年代になってからです。ガット条国、すなわち国際収支を理由に輸入制限ができない国になったのが63年、IMF8条国になって国際収支上の理由で為替取引制限をしない義務を負ったのが翌64年、このあたりから日本企業の世界相手の商売が軌道に乗り始め、同時に外国からは輸入自由化の要求が出てきました。そして70年代になると、ますます黒字は目立つようになり、輸入自由化要求は一段と高まってきました。諸外国からの要求は、日本の黒字拡大とともに強まってきたわけです。企業の商売だけを考えれば、輸出だろうが何だろうが利益さえ出ればよいということになりがちですが、国と国のレベルになると、そうはいきません。輸出攻勢にあっている側からみて、その輸出国の市場がまったく同じ条件であれば、商品の出来不出来で負けたのかとあきらめもつきます。しかし、相手が明らかに自国に比べ閉鎖的であれば「フェアでない」と文句のひとつもいいたくなります。
民事再生や会社更生などの法的手続ではなく、メインバンク主導による銀行団の債権放棄を中心とする再建スキームが取られることも多い。98年以降ゼネコンやノンバンクなどでこのスキームが多く活用された。だが、銀行団の債権放棄を柱としたケースでは、メインバンク以外の一般取引金融機関の債権放棄率が高いと、なかなか同意を得にくい。そのため一部債権放棄に代えて、株式を交付することによって、債権放棄額、放棄率を減少させることがある。債権放棄の対象会社が公開企業であれば、再建スキームが取られる限り公開は維持されている。倒産企業の株式と異なり、転換した時点で既に株式価値を有しているので、債権放棄よりは明らかに有利となる(もちろん、再建に失敗し破産等に移行した場合、上場等は廃止され、株式価値もゼロになる)。もっともこのケースもめんどうがないわけではない。資金の移動を伴わなければ、再生手続と同様に、債権による現物出資に該当し、検査役の調査が必要となる。その調査に要する期間が不明確であるうえ、経営不振会社に対する債権の価値(回収可能額)の評価の問題もある。そのため、代物弁済(現物出資)ではなく、いったん現金による払込みを行ったうえ、払込資金で直ちに借入金の一部を返済するという方法が通常取られることになる。実際に、任意の債権放棄スキームでそのような手法が取られている(長谷工コーポレーション、ハザマのケースなど)。