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顧客に満足を与える「編集技術」

SPAで消費者が真の意味で満足させるには売り場をどう編集するか、ライフスタイルの提案技術が重要であることはすでに述べた。いま、SPAは中小型店舗の展開から大型店(メガストア)時代に移行している。その大きな器にどうやってライフスタイルをプレゼンテーションするか。これまでの日本の小売の売場は部門別、品種別の陳列であった。しかし近年、商品を単独のものとして見るのではなく、大きなJソセプトの中でとらえる傾向が強く出てきている。例えばシャネルというブランドで言えば、そこに紳士、婦人衣料だけでなく、タオル、靴、鞄、時計、香水、スカーフを多様なものが含まれる。商品の種類はどんどん増える傾向にある。こうした傾向は、これまで欧州ブランドビジネスに主として見受けられた。しかし近年、SPAでも大型店展開が増えてくると、編集能力の蓄積の差が優劣をキメるようになるはずだ。こうした問題一つ取上げてもいかに人材の優劣が業績の差を生じさせるかがわかるが、求められる職種や人材もこれまでのアパレルとは異なる。これからそうした課題一つひとつをどうクリアしていくかが問われている。

八〇年代のDCブランド時代

卸事業部門は、八〇年代のDCブランド時代に、女性の体のラインを強調した服を揃え、「ピソキー&ダイアソ」というブランドで一世を風扉した時代があった。ところが、バブル期にその勢いは一気になくなり、小売店からの返品の山。在庫過剰で収益が圧迫され業績は落込んだ。原因はデザイナーの感性が優先されて、そのデザインを顧客に押しつける形で販売してきたことにあった。いわば、当社の企画に合わない人は着なくともよい、といったDC業界特有のプロダクトアウトの発想から脱しきれなかった。しかし業績低迷に伴い発想を一新したことが業績復活につながったのである。現在、生産はもっぱら三井物産がバックアップしている。企画、生産、物流まで物産のシステムを活用したSCMシステムだ。企画、生産から入るオリジナルは一五%、二〇〇二年までには三〇%に引上げる計画をもっている。

カジュアルウェアは、戦争があるたびに進化してきた

アメリカ人たちはスポーツ好きで、これはライフスタイルのあり方の問題で、その意味では、日本人は半世紀以上遅れている。ブルックスーブラザーズがライフスタイルの提案をしたのは、1910年代のことなのだ。日本人が平均的にカジュアルな気分をもちえ、カジュアルな衣類が豊富に出回ったのは、昭和40(1960)年代に入ってからのことである。Tシャツやスウェットも、第二次大戦で飛躍的に耐久性が出た。もっぱら兵隊たちのトレーニングウェアとして、首まわりや袖口に、耐久性のための補強が行われたためである。セーターもそうだ。肘と肩に、補強のためのパッチがあてがわれ、戦後それがアウトドア用のみならず街着としても流行した。カジュアルウェアは、戦争があるたびに進化してきた。カジュアルウェアはゴフィフスタイルと密接を肩蔭がある。